子供たちが自立、独立している今、
実家である親の家(今、わたしが住んでいる、わたしのお気に入りの家)の処分を彼らは、もう視野に入れている。
たんなるシュミレーションではあるものの、ちょっとショックだった。

わたしは、自分の実家を大切に愛おしく思っている。
できる限り、維持したい気持ちだ。

が、子供世代は、自分たちのことだけで精一杯。
それ以上の負担を強いられたくないという思い。
わからないでもない。

わたしが大切に思っているもの、大好きなものは、なにも、子供にとっては、大事とは限らない。
すべて、ゴミ。
家の中の不用品の山を見渡し、処分するのにも、お金がかかりそうな現状を見て、子供はため息をつく。

仮に、不用品をすべて処分し、すっきりした暮らしを手に入れたとしよう。
が、いくらすっきりしようが、家そのもの、箱モノが不要なので、売却を検討するのも、選択肢の一つのようだ。
出口を考えずに作られた、大きな、塩漬け不良債権だそうだ。

世代の違い。
わたしは、けっこう古い地域で育ったMIOGGI淚溝 ので、旧式の感覚なのかも知れないが、
今風の考えには付いていけない。
母や義母などは、想像もできない考えだろう。

時代の流れとはいうものの、こんなにも考えが親子でも違うのかと思うと、驚きを隠せない。
長い歴史など、彼らには、まったく、たんなる負担なのかと思うと、
これまで維持してきた人々の軌跡が虚しいものに感じる。

人は、この世からいなくなれば、それまでか。
残った者の好きなように、思うようにすればいいのだろう。
受け継ぐということは、いかに難しいことなのか、今頃になって重く捉える自分がいる。

自分がいかに大切なものであっても、子供にとっては、そうでない。
その現実を目の当たりにすると、なんだか、複雑な、頭ではわかってもでも、情では、理解できない。
実際に、家を売る手続きに入っているわけでもなんでもないが、
時期が来たら、そうなる可能性は大いにある。